Jazzanova interview
Julius Papp exclusive interview 特別独占インタビュー
Julius Papp exclusive interview
[Interview & Text by jun ide
Supported by hisa ishioka@king street, Shoji Kibe@NewWorld Production, Yuko Ichikawa@Yellow

Early development
●もともとカナダのモントレオール出身ですが、少年時代にどんな音楽を聴いて来たのでしょうか?

少年時代からホームタウンであるモントレオールで、本当に色々な音楽に触れて来て、 その頃に音楽的才能のシードは植えられていたと思う。 基本的には70年代の音楽を中心に良く聴いて育って来た。 自分がこの世界に入り込んだのは、ディスコがすごく盛り上がっている時だった。 70年代中盤〜後半にかけて、週末に仲間と夜な夜な色々なディスコへ通う様になった。 法的には18才以上しかディスコに入店できなかった。 本当に興奮するようなアトモスフィアの中で、沢山刺激を受けた。 皆がフロアでダンスミュージックを踊っていて、その迫力あるサウンドや照明、 人々のエネルギーを感じた。それは自分にとって初めての経験だった。 それ以来、本当にディスコミュージックに心を掴まれたんだ。
それだけではなく、モントレオールにあるラジオステーションも良く聴いていた。 そのプログラム内容は最先端のダンスミュージックを紹介するもので、通常月〜金のスケジュールで、 新譜リリース情報や商業的にヒットした作品とか関係なく流してた。 ダンスミュージックに関する限りでは、そういった経験が自分にとってすごい影響力を与えてくれ、 それが自分にとってのシードだったと思う。 しかし、自分はディスコだけではなく、色々なタイプの音楽を聴いていた。ロック、ポップ、ジャズなど、 モントリオールで 自分は本当に広がりのある多種多様の音楽を聴いて来て、音楽の有り難みを知っている。 それから、カリフォルニアに出て来て、更に音楽の幅が拡張していったんだ。



●いつ頃からターンテーブルを使う様になったんですか?

実は16才の頃から約3年間オルガンレッスンを受けていた事があるんだ。 その後カリフォルニアに引っ越して来た時点で、やめてしまった。 当時は70年代のレコードを中心に集めはじめてきたんだけど、一番最初に 自分のDJギア、ターンテーブル2つ、そしてミキサーが揃ったのは1985年頃だった。 それからそのDJセットを使って、2つのレコードをミックスして、ブレンドするように なったんだけど、実際はビートマッチをするというより、左から右へ、右から左へって感じに ブレンドしているだけだった(笑) ビートマッチングは無かったけど、自分はすごく興奮したんだ。1つのレコードから2枚目のレコードへ ポーズ無しに繋げて行って、本当に楽しかった。そこから、ビートミックスを学んで、ビートマッチができるようになり、 それから1987年には自分にとって一番最初のクラブギグをやるチャンスが巡って来た。それまで、ウエディングパーティ、 プライベートパーティー、バースデイパーティなどなどで、DJを2年くらいやってきた。87年に自分は本格的にクラブDJと してキャリアをスタートさせて、現在に至るんだ。

become a professional
●カリフォルニアへ引っ越してきて、活動を続けて行くなかで、ターニングポイントについて教えてください。

一番最初のレコーディングは1994年頃で、スタジオでプロデュースを始めたんだ。 ダウンテンポ系でジャジー〜ブレイクスコレクションだった。その中には2曲程オリジナルトラックを 収録してて、その他はブレイクスやDJのループなんかを入れていた。 実際には1000枚程度独自に販売したんだ。ユビキティレコーズからリリースし、ディストリビュート してくれた。たしか日本にも輸出したと思うよ。「Jazzy Juice」というタイトルだった。 それからダウンテンポ系の"Cueball"という作品を、NYにあるナーバスレコードからもリリース した。3ボリュームのバイナルをやって、その後にCD化したんだ。 そして94,95年同時期にニュージャージーにあるレーベルからハウス系トラックもリリースしたんだ。 これらは、自分の初期段階のレコードプロダクションになる。

●70年代のNYレジェンドDJ達であるLarry LevanやFrankie Knuckles、Tony Humphries達からどんな影響を受けましたか?

NYのレジェンドDJ達である、Larry LevanやFrankie Knuckles、Tony Humphries については、DJ雑誌のDJタイムズ、ビルボードとかで色々なインタビュー記事を呼んだ事があった。 クラブサウンドのパイオニア達についてすごく興味があった。彼らの音楽スタイル、すばらしい ストーリーにすごく刺激されインスパイアされたんだ。それに記事といっしょに、DJが選曲した 様々なトラックのプレイリストとかが掲載されていたりした。彼らの気に入っているトラックや昔良くプレイしたトラックの情報をもとに、レコードショップでそれらのタイトルのレコードを探したりしていた。  実際に自分自身はパラダイスガラージとか経験していないけど、レジエンド達の活躍を記事で読んで、 本当にインスパイアされたんだ。


●そして後に、活動の幅をヨーロッパへと伸し、イビザの Pashaとかでもプレイされましたが、どんな経験だったんですか?

まず一番最初にイビザに行った時は本当に興奮したのと同時に圧倒されたよ。 イビザですごい評判の高いクラブでもあったし、世界最大級のクラブで プレイする事でもあったからすごく緊張したよ。どんな事が起るのかが全く 想像出来なかったし、クラウドがどんな風に自分のプレイにリアクトするのか 分らなかった。 
とにかくそこでプレイする時には、自分ができる事をやるだけと言い聞かせて、 ポジティブな態度で挑んだよ。 クラウド達が自分のプレイを心から楽しんでくれる事を祈ってね。 いつもそれぞれのベニューでは、2、3回プレイするんだけど、いつも本当に最高の経験をして、最高の時を過ごす事ができるんだ。クラウド達がポジティブにリアクトしてくれると、本当に嬉しいよ。


●2003年にご自身のレーベル"NeoDisco Music" を設立しましたが、その経緯について教えてください。

レーベル設立のコンセプトについては、自分は約10年間に渡って色々なレーベルから沢山の トラックをリリースして来たんだけど、それは自分自身の音楽に対して、 コントロールを失う事でもあった。レコードのパッケージにしろ、曲にしろ 自由に出来ない事だった。 90年代中盤は、レーベル毎で違うプロデューサー名義で振る舞わなければならなかった。 例えば、ナーバスレコードでは、"Queball",それから別レーベルでは Buddy Boys, Dj JJとのShuffle incとか本当に色々な名義でやっていたから、別人になりすまして、 アイデンティティも変えなくてはならなかった。でもあまり簡単にはそれを認識できなかった。
それが本当に面倒でもあったし、返って裏目に出る事もあるから、後に自分は Juilius Pappとして、 名義を一本化して活動する事を決心したんだ。ディープハウストラックであろうと、よりハードな トラックにしろ、ダウンテンポにしろ、ボーカリストを入れたり、Julius Pappリプリゼンツとしてリリースする事ができるし、フィーチャリングでもいいしね。 自分自身のレーベルからリリースする事自体のポイントは、レコードやCDが自分のコントロール範囲にある 販売店のひとつとして機能する事なんだ。
そのメリットはリリースが早かったり、パッケージのやり方も 自分のやりたいようにできるしね。 あとフロリダにあるレコードスタジオが持っているレコードディストリビューションを使って、世界中へ配給出来るしね。 全部で8つリリースあって、最初のいくつかは自分自身の作品で、それとオーストラリアのレーベル 主宰しているヨギと契約したリミックス作品とか色々と出しているよ。 そして今現在、レコーディングインダストリーは、デジタル革命の中にあって、デジタルダウンロードがだんだんと成長しはじめてきている状況にあるけど、自分はいま市場が どちらにシフトしてゆくのか静観しているが、おそらくデジタルダウンロードへとシフトして ゆくだろうと思う。実際ヴァイナルのセールスはスローダウンし、継続して縮小傾向にある。 不幸にもそれが現実なんだ。自分自身のレーベルを設立した時は、自分のマーケティングツール、 単なる販売チャンネル ひとつとして使い始めたんだ。



RECENT WORKS
●2006年にキングストリートから"Abstruct Latin Journey"をリリースしましたが、コンセプトについて教えてください。

いままでに、キングストリート/ナイトグルーヴから5つくらいシングルをリリースして来た経緯が あって、レーベルオーナーのヒサとも良好な関係があったんだ。 実際に去年ミックスCDコンピレーションの仕事の話しを貰っていて、それはLatin vibesが 沢山詰まった作品で、たしか今までにシリーズで3つくらい出して来ていると思う。 レーベルでは、ラテン系のミックスがやりたいという事だったので、コンパイルする内容も、 自分のイメージするストーリーが流れるようなコンピレーションにしたかった。本当にすごくエキサイティングなプロジェクトだった。いま既にAbstruct Latin Journeyは、日本でセールスされていると思うけど、彼らがもっているラテン系のカタログから、良い音楽をコンバインして、ただコテコテの ラテンというよりも、ラテン音楽の影響を受けたハウスミュージックという意味のもの、 パーカッション的な影響だったり、ミュージック的な影響であったりするようなものを 中心に選曲したんだ。最初はディープハウス系からスタートして、だんだんと熱いパッション系ピークタイムトラックにつなげ、スムースで良い感じのトラック〜ダウンテンポとか、アルバムを通して旅をしているような作品で、自分自身も作品の仕上がりにすごくハッピーに思っているよ。


 
 
 

●今作の中で一番お気に入りのトラックを教えてください。

ワオ!これの質問はいつも答えるのに苦労するんだ。 ひとつだけ好きなトラックといっても、なかなかひとつに絞れないよ(笑) でも、今作に収録されているトラックは全て大好きだよ。 その中でも、一番最後に収録されているアナンダプロジェクトの作品 Fantasy Suiteは、本当に美しい曲だと思う。 あとA Thousand Years (Acappella) / Julius Papp feat. Gina Rene も、いつも良くかけているトラックだけど、本当に飽きのこない サウンドで気に入っている。 本当にすべてのトラックは全て大好きだよ。 2. Breaking Down (Louie's Revival Mix) / Ananda Project、3. Latin Ritual (Louie's Dance Ritual Mix) / Groove Box 〜がとても気に入っている。

How does music make U feel?

自分自身のやり方だけど、音楽は自分にとってベストフレンドのような存在だよ。 良い音楽はいつでも自分を持ち上げてくれるものだし、良い音楽や違うスタイルの 音楽とか聴く事でいつもインスパイアされる。 そしてクラブでDJとしてミックスする時のシナリオは、フロアで自分のサウンドに リアクトするクラウドを見るのは、本当に最高の気分になるよ。まるで自分がアーティストに なった感じで、クラウドをコントロールでき、パフォームするなんて、本当に最高だよ。 けれども、自分はバンドのように楽器を演奏してパフォームするわけではなく、 音楽をプログラミングすることで、パフォーミングしている。それは自分にとって、本当に 高揚させる気持ちになるんだ。 それにスタジオとかのカウチに座っていて エンジニア達と、トラックをプログラミングしたり、 ドラムを打ち込んだり、キーボーディストがパートを弾いてくれたり、最終的にライブミュージシャンが やってきて、サックスプレイヤー、ホーンプレイヤー達が、彼らの好きなようにプレイするんだ。 時々、自分はすごくエモーショナルになってきて、そこには2、3人しかいないのだけれども、 すごくインテンスな気持ちになるんだ。クリエーションをゼロから創りあげ、 トラックが仕上がった時、色々なムードを経て出来上がったものだから、自分の頭の中には クリエイティブフローが継続して流れ出て来てくるんだ。午前11時からプロダクションを開始して、 夕方になるにつれて、色々なアレンジのアイディアとかが次々に浮かんで来て、編集して サウンドの一部を削除したり、つなげたりしながら、自分が本当に好きか、嫌いかで判断して 編集してゆくんだ。 だけど、それは音楽そのものを創る事なんだ。 自分の気持ちをインビギュレートな気持ちになるんだ。

そして、自分の家とか車を運転している時とかに、音楽を聴くときには、 70年代のオールドジャムとかロックとか、それにキッスとかも聴いたりするよ。 ファンキージャズ、ロイ・エアーズとかを聴くとすごく良い気分になる。 自分のマインドを自由にさせてくれるからなんだ。 自分は常に、音楽によって、インスパイアされつづけていたいんだ。 自分の本当にベストなものをいつも取りだせるようにしていたい。 時々、トリッキーになることもあるけど、もしあなたが、音楽を楽しむ時、 それは音楽の種類を好むかにもよる事があると思う。 自分はソウルフルな音楽が大好きで、自分が音楽を通して感じられるものは ソウルフルなものなんだ。 そして更にロックにだって、時々ソウルフルなものを 感じる時があるんだ。70年代はロックにとって最高の時代だったと思う。なぜなら 殆どの音楽が70年代に成熟していたと思う。ロック、ジャズ、70年代に成熟したし、 そこからジャズファンクが出て来たり、ディスコだった70年代に生まれた音楽だし、 それに70年代後半〜80年代初頭にかけてパンクとか、ニューウエイヴサウンドが出て来たり、 70年代は音楽にとって、すごく影響力の強い10年でもあったと思う。 なぜならそこに沢山のハイブリットを創造したからなんだ。そこから21世紀へとつながったんだ。




●日本のファンの方々へメッセージをどうぞ!

ARIGATO!  僕のショーに来てエンジョイしてね!
日本の皆さん、僕の新作"Abstruct Latin Launge"をチェックしてね!
thank you!

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Julius Papp

Julius Pappは、現在のハウス・ミュージック・シーンを代表するプロデューサー兼DJのひとりだ。カナダはモントリオール出身、70年代後半のディスコ・ミュージックや80年代前半のニュー・ウェイヴを聴きながら育った世代に属する。 ラジオから流れる最先端のダンス・ミュージックの虜となり、70年代の終わり頃からレコード・ハンティングに明け暮れる少年時代を送る。80年代初頭、アメリカ西海岸、カリフォルニア州へ移住。その後、ベイエリア・サウンドのシーンの中心地であるサンフランシスコへ進出し、音楽漬けの青春の日々を過ごす。

Juliusが、初めてターンテーブルとミキサーに触れたのは85年のこと。幼い頃より収集してきたレコードを使い、ラジオやクラブで聴いたDJのテクニックを真似て、ミキシングの練習に励んだ。おそらく彼の音楽に対する情熱は相当なものだったのだろう、DJ機材を手に入れてから2年後の87年には、早くもサンフランシスコのクラブでレギュラーDJとしての活動を始めていた。当時の彼にとっての憧れの存在は、Larry LevanやFrankie Knuckles、Tony Humphriesといった有名クラブDJたちだった。こうしたDJ界のスターたちのプレイリストやラジオで放送されたミックスショーから、多大な影響を受け、Larry Levanたちがそうであったように、彼もまた、ディスコでもジャズでもラテンでもファンクでもロックでも、ジャンルにとらわれずにダンス・ミュージックとして優れているものは何でもターンテーブルにのせた。こうした折衷主義的なプレイ・スタイルこそが、Julius Pappのトレードマークといえるプレイ・スタイルである。それは、DJ活動を開始した80年代から現在にいたるまでまったく変わっていない。彼がプレイする音の表情は、ダンスフロアの状態にあわせて刻々と変化する。ファンキーなレア・グルーヴからソウルフルなヴォーカル・ハウス、ディスコにジャズにヒップホップと、ヴァラエティに富んだ選曲によってダンスフロアはカラフルなグルーヴで彩られる。 また、94年頃からは、DJだけでなくプロデューサーとしての活動も開始する。音楽制作をスタートさせた当初は、アシッド・ジャズ系のダウンテンポな作品を主に手がけていた。当時のサンフランシスコでは、Mark Farinaのマッシュルーム・ジャズが絶大な人気を誇り、レア・グルーヴ〜ジャズ・ファンク系のシーンが大いに活況を呈していたのである。クラブDJのJuliusが制作したインスト・ジャズ・スタイルの楽曲も、アンダーグラウンド・シーンで即座に注目を集め、そのユニークな音楽性に目をつけたNYの[Nervous]からシングル「Cueball」がリリースさ黷ス。その後、プロデューサーとしての方向性は、よりダンスフロア向けのトラック作品へとシフト・チェンジしてゆくようになる。そして、[Nervous]を筆頭に、[Maxi]、[Large]、[King Street Sounds]、[Om]、[Loveslap]、[Yellow]、[Paper]、[Estereo]といった世界各地のダンス・ミュージック専門レーベルから、Julius Pappのジャジィでソウルフルなディープ・ハウス作品が次々と発表されていった。その中には、Jay-J HernandezとのShuffle Inc.やThe Buddy Boysといった名義での作品や、Rick PrestonとのPapp/Preston Project、Dave WarrinとのJulius Papp & Dave Warrinというコラボレーション作品も数多く含まれる。
Juliusは、DJ活動と並行してスタジオでの作業にも際限なく没頭していった。彼にとって音楽は、すべての情熱を傾けられるものに他ならない。そして、そんなプロデューサーとしての成功は、DJとしての活動の幅も世界規模に拡大させた。サンフランシスコでのレギュラーのDJプレイの合間を縫って、イビザのPashaやロンドンのMinistry of Sound、シンガポールのZoukなど世界中の有名クラブを飛び回り、独特の折衷主義的なプレイ・スタイルで休む暇もなく満員のダンスフロアと渡り合う多忙な日々。と同時に、[Razor & Tie]からの『Go Deep With Julius Papp』や[Esho]からの『Esho Funi』、地元サンフランシスコの[Loveslap]からの『Loveslaped』や『Heartbeat』など、人気DJの証であるミックスCDの制作も数多く手がけ、精力的にプロデューサー兼DJとしての活動をつづけた。03年には、自らが運営するレーベル[NeoDisco Music]をサンフランシスコに設立し、より自由な音楽制作環境での作品のリリースも開始する。それらの作品は、[NeoDisco Music]からのレーベル主宰者のJulius当人によるミックスCD『Gotta Keep Movin'』でまとめて聴くことができる。 Julius Pappは、サンフランシスコを拠点に世界のダンス・ミュージック・シーンを駆け巡り、さらに大きく高く飛躍しようとしている。









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