Jazzanova interview
ジャザノバ インタビュー::(アレキサンダー・バーク)

ジャザノバ インタビュー Jazzanova Alexander Barck interview
[Interview & Text by jun ide
Supported by Matamura@Village again,Hiromi Asai, Hiroko Uchida@EXTRA FREEDOM

Early development<80s-early 90s>
●ジャザノバはニュージャズシーンで最も才能あるプロデューサー集団として成長してきましたが、 アレックス自身の音楽的なルーツについて教えてください。

僕の音楽的なルーツはとても広範囲に渡る。 なぜなら僕は東西ドイツ統合前の東ベルリン出身で、音楽を入手することが すごく難しかったからなんだ。僕にはラジオがあっただけで、それはすごく 重要なことだった。ラジオからはヒップホップ、エレクトロニックミュージック などの良いラジオ番組を聴くことができた。 例えば、モニカ・ディグル それにイギリスのラジオ番組の人気ショーとかを聴くことができたんだ。 当時、ラジオは私にとって一番大きな影響力を持ったものだった。 基本的に我々は外国のレコードを買うことが出来なかった。その代わり大量の テープとかあったんだけど、みんな劣悪なクオリティーの代物だった。 僕にとって、新しい音楽を手に入れることはすごく大切なことだった。 なぜなら外国の興味深い音楽を通して、自分のイマジネーションを使って、 東ベルリンから別の国々にエスケープするような感覚だった。 もしあなたが若かったら、音楽を通して自分自身の自我をみつけるだろうし、 自分も若いころに、本当に多くの音楽に貪るように聴き続けたんだ。フォーク〜ロックまで、いろいろと好んで聴いていたし、The Stone Rosesとかも よく聴いた。当時すごくグルーヴィな音楽だったよ。 それから、すぐにヒップホップに入り込んでいった。

そして1989年にベルリンの壁が崩壊したことは、僕にとってパラダイスにきた ようなことだった。なぜなら今まで東ベルリンにいた時には、ずっと欲しくても 手に入らなかったようなレコードを、沢山買うことができたからね。 すごいお金をつぎ込んだよ(笑)
そしてある日、自分の買ったレコードを通して、お金を稼ぐことが出来るんじゃないかって、 思いついたんだ。(笑)そのアイディアを当時のガールフレンドに話したら、DJにでも なればって言われたんだ。人前で自分の好きな音楽を聴かせて、気分良くなれるし、 ちょっとトライしてみればってね。そして実際にDJにトライしたら、 これはいけると思った。当初は、すごくいろいろなジャンルの音楽をプレイした。 ヒップホップ、ハウス、それにいつでもフォークやロックも欠かさなかったね。 僕にとってDJになったことは、流行のスタイルに乗ってというのでなくて、 ごく自然な流れでそうなっていったんだ。


 
 
 

 
 
 

●統合前の東ベルリンでの少年時代の音楽との関わりについて〜

当時ラジオや仲の良い友達のResoulから良質なヒップホップを 教えてもらったんだ。彼は自分らにとって、東ベルリンのなかで ヒップホップのボスともいえる存在だった。なぜなら彼はヒップホップの ことをよく知っていて、ヒップホップがどのようにして成り立っているのか、 サンプルやループをつくってリズムを作る上で、何が大切なのかとか、 いろいろと教えてくれた。 自分にとってもヒップホップはすごく面白くて、どのようにして 音楽として成り立っているか、どんな風にしてサンプルをつかって やればいいかとか、それにLoopとかをつくればよいかを理解することは、 自分にとってすごく面白いことだった。 その方法で原曲とは異なるスタイルの音楽を作ったりすることにも、 興味があった。それは自分にとって、ドアが開いたような 感覚でもあった。その中にはソウル、ファンク、ジャズ、 ブラジリアンなど、すべてがそのドアの後ろに隠されていたんだ。 それはすごい発見だと思った。

最近の若い人たちにとってのヒップホップやラップは、単なる 金儲けの商業的な音楽にしか捉えられていないような気もするけど、 自分にとってのヒップホップはすごく重要なサブカルチャーのひとつでも あった。ヒップホップはすごく長い時を経てここまで来た感があるし、だから成功 したんだと思う。 なぜならそこには<グルーヴ>があるからね。 僕が信じていることのひとつには、物事は意外とゆっくりと進んでいるように感じるけど、 それは正確に、ひとつの良いディレクデョンに進み続けていると思う。 もしかするとある日、ソウルやブロークンビーツをやっている人たちが、同化してしまうかも しれないね。

例えば、ひと昔まえに、D&B、2Step,なんかが流行っていて、 2、3年でハイピークに達して、すぐにその流行は消えていった。 すごく短かったと思うけど、いまでもアンダーグラウンドで支持され続けているよね。 例えば、WestLondonのブロークンビーツのプロデューサーは、少し やり方が違ったと思う。我々もドイツのある地域から音楽を発信していて、 すごくスローだけど、確実に良いクオリティーのものを作り続けていると思う。 たぶん長い歳月をかけて、じっくりとやってゆくと、もっと成功しているかもしれない。 もし音楽で生計を立ててゆくならば、長い計画を持って考えていかないといけないと思う。


●自身の人生におけるターニングポイントでもあった、”ソウルトレード”の店員からジャザノバ の活動の経緯について〜(⇒前回2001年ベルリン取材編

自分にとってターニングポイントとなった経験のひとつは、 ”ソウルトレード”というレコードショップで、働いたことだと思う。 ベルリンのなかでも、すごく影響力のあるレコードショップだと 思う。 僕が東ベルリンから出てきて、初めてこのお店に行ったとき、 そこが天国かと思ったくらいに、レコードが充実していた。 当時、そこの店員は僕のことが嫌いだったみたいだね(笑) なぜなら、そこで売っている全てのレコードを試聴したいって お願いしまくってたからね(笑)すべてのレコードを買えるわけないから、 ほとんど試聴してたんだ。その甲斐があって、そこで働いている店員よりも レコード知識が向上していったんだ。例えば、ある日お客が あるレコードを探していて、店員に尋ねると、うちにはそのレコードは 置いてないよっていうんだ。それを聞いていた僕が、向こうの棚を さして、あそこにあるから探してみなっていったりしているうちに、 店長のクリスがだんだんと僕のことを認めてくれるようになって、 あいつは自分がやっていることを良くわかっているって、言ってくれるようになった。
それがキッカケになって、レコード販売の仕事をもらったんだよ(笑) それは自分にとって、すごく良いスタートとなった。なぜなら 配給会社とコンタクトをとったり、当時はターンテーブルを二つも もっていなかったから、そこでDJの練習も出来たし、 新しいレコードを手に入れることができた。 それに多くのプロモーターともコンタクトをとれたし、ベルリン市内にも 小さなアパートを借りることもできたしね。あの店は、僕にとって良い学校だった。
それから、ある日プロモーターが僕にあるパーティでDJとして、ユルゲンと一緒に DJしてみないか?って誘いがあったんだ。そのプロモーターは、僕らが完全にフィット すると感じたみたいだった。そしてある日トライしたら、うまくいった感触があった。 ユルゲンの方はどちらかというと、ジャズやブラジル寄りなレコードをまわして、 僕の方はもう少し新しいスタイルのものをプレイして、我々二人のものをミックス させていったら、いい感じになっていったんだ。
これがキッカケとなって、一緒に パーティでプレイするようになっていった。それで、何かユニットの名前をつけようって ことになって、たまたまドイツのジャズレコードをみて、そのタイトルが「JAZZANOVA」 だったから、ふたりですごくいい名前だねってことになって、我々自身もジャズが好きだし、 それにモダンスタイルが好きだから、その名前で行こうってことに決めて活動をスタート したんだ。 それ以来ずっと活動をともにして、プロデュース、ミキシング、DJを するようになり、そうやって「JAZZANOVA」は我々ふたりで始めたんだ。

Becomming proffessional <mid 90s-early 2000>
●ジャザノバの成り立ち、そして現在のメンバーやそれぞれの役割について詳しく教えてください。

基本的にジャザノバはベルリンを拠点に6人から構成されている。
DJ Jugen(ユルゲン).Claas(クラアス),僕の3人がDJとして動き、あとステファン、アクセル、ロスコたちの3人はスタジオを中心活動しているメンバーで、彼らは我々の音楽のプログラミング、レコーディングやミキシングを担当している。 もともと彼らはヒップホップ系出身で、 ロスコは、80年後半あたり、すごく有名なラッパーでもあった。あとステファンは、 スタジオでのプロダクションチーム名<Extended Spirit
>として、 ジャーマン系ヒップホップをプロデュースしていた。 そしてユルゲンと僕がDJとして動き、いろいろな曲をフロアでかけて客の反応をみた。 クラブではピークタイム時に、アシッドジャズをよくプレイしていて、フロアにいた人々の 反応がかなりよかった。そしてクラブ自体は凄く小さくて、親しみやすい雰囲気があった。 時々ロスコーとステファンが遊びにやってきて、僕らがプレイしているソウルやファンクを楽しみに きてた。彼らはヒップホップをやってたから、ソウル系の音楽を聴くのは必然だったんだね。

そしてある日イベントのプロモーターが、我々にコンピレーションを作らないか?って 誘いがあった。クラブ発の何か新しいチューンをプロデュースしたり、コンピレーションをやろうって 感じになった。それはすごくいいアイディアだと思った。 そしてロスコーたちをプロモーターに紹介することにして、我々といっしょに音楽を作ろうって 誘ったんだ。なぜなら彼らはヒップホップのプロダクションをやっていたしね。 我々は、少しアップテンポのハウス、ジャザノバスタイルのものを創ってみたかったんだ。 結局、我々はいっしょに音楽を創る事になって、すごくうまくやってゆくことができた。 彼らはヒップホップでのサウンドプロダクションスキルがあったし、我々のやりたいことを良く 理解してくれた。その上、彼らには音楽制作の才能があり、とてもユニークな 手法で、我々の新しいスタイルの音楽を作っていったんだ。彼らはハウスミュージックやダンスミュージック バックグランドではなく、ヒップホップ的な感覚を持ち合わせていたから、うまくフィットしたと思う。 ヒップホップといえば、サンプルを切り出し、ループでビートを作り出して、新しい音楽を 創ることの代名詞だと思う。それがジャザノバのトレードマークにもなっていった。 我々がハウスをやっても、ヒップホップ的な感覚の音楽が生まれたんだ。

●What's the concept of Jazzanova

特にコンセプトはないけど、我々は皆ミュージックラヴァーであり、音楽をプレイし、 我々の中からインスピレーションが湧き出てくる。我々の音楽はデザインされたもの じゃないんだ。 時には、何かコンセプト的なものが見え隠れしているけれど、そこには明確なコンセプト とかはないんだ。我々は純粋に音楽が好きで、いろいろな音楽を収集したくて、いろいろな 音楽が周りにあって、本当に音楽を愛している。 我々のスタジオに来れば分かると思うけど、我々のアイディアにフィルターをかけて、 常に新しい音楽を創作してるんだ。

しいて我々が音楽をやるうえでのコンセプトをいうのであれば、ひとりのDJに、ひとり のスタジオエンジニアがコンビになって活動することが多いことかな。DJはいつも自分の DJツールを持ち歩きたがるけど、どちらかというとスタジオエンジニアは、落ち着いた 態度で、DJをサポートする。 クラブでやるときはとても良いコンビネーションだと思うよ。それにホームスタジオとかでも、 いい感じにやれるよ。 我々にとって大切なことは、音楽はひとつの理由のもとに成り立っていると思う。 音楽はとてもユニバーサルなもので、車の中で聴いたり、朝に家の中で聴いたり、 クラブで夜中に聴いたりできるから、我々は音楽が大好きなんだ。 そして、我々は古いレコードから、すごく影響を受けていると思う。 古いレコードのなかには、独特のフィーリングを持つものが多いし、 そのレコードそのもの全てをイメージできるような感覚にもなる。 古いレコードには、いつもストーリーが入っているような構成だし、 そういうフィーリングを我々が創る音楽の中にも、取り入れていきたいんだ。

1st EPをリリースする経緯について〜

そして、我々は一番最初のEPをリリースすることだったんだけど、そもそもはクラブの名義でやる予定 だったのが、クラブ側では予算が余ってないから出来ないって断られてしまった。 そういう経緯があって、我々の3つの曲が宙に浮いている状態になってしまった。 どうすればいいんだよって?感じになって、そもそも僕はレコードショップに勤めていたから、 取引きのあったディストリビューターにいくつかデモを送ってみたんだ。 そしたら、結構良い反応があって、デモに興味を持ってもらえたんだ。 その後にジャイル・スピーターソンにもデモを送ったりして、そうこうやっているうちに、 彼がクラブで我々のデモをプレイしてくれたんだ。

そしたら、ロンドンのTimewarpっていうディストリビューターから、直接コンタクトがあって、ジャイルスがクラブでプレイしたって ことは、もしかしたらキラーチューンかもしれないって言って、今すぐレコードを送ってきて 欲しいと依頼が入ったんだ(笑) そして、我々はレコードをプレスする予算がないからと告げると、向こうから予算をとってくれて、 レコードをプレスすることができたんだ。当時、約2000枚プレスしたんだけど、 1日でSOLDOUTになった。その時、なんかすぐに売れちゃったんで、イージーなビジネスだなって思っちゃったんだ。それで、また続けてやってみようって事になって、 それ以来、いい評判が出来てきて、我々も本腰いれてトラック制作にはいっていくんだけど、 まだまだ我々も勉強しながらのプロダクションだったんだ。(笑)

でも当時、我々は音楽をビジネスとして、やっていこうなんて考えていなかった。 ある日みんなで話しあって、昼間の仕事をしながら、サイドジョブとして、やっていくことを決心した。 それを期にだんだんと緊迫感が増してきてしまった。本当にキチガイじみていたほどだった。毎週毎週、お金を払うから、 いろいろなところから、リミックスをやって欲しいという依頼が舞い込んでくるようになって、 我々は本気になってやって行こうってことになった。リミックスワークは我々にとっても、原点でもあり、 一番好きな仕事でもあるし、ものすごく楽しかった。

でも、リミックスワークをやればやるほど、我々のソロアルバムのリリースがどんどんと後ろへ いってしまう弊害もあった(笑)そもそも我々はクラブで偶然に出会って、フレッシュな感覚で 音楽を一緒に作り始めて、いつかは自分たちのアルバムも創りたいって思ってた。

そしてそれまでの、リミックスワークをひとまとめにした我々の第一号リミックス <JAZZANOVA Remix Collection>がリリースされた。 この作品は我々にとってすごく大きなセールスとなり、重要な意味をもつ作品でもある。 そもそもこのCDに収録されている作品は、すべてヴァイナル作品としてリリースしていて、 どちらかといえば、アンダーグラウンド的なものだった。 それをあるCDバイヤーの起案によって、ひとまとめにCDとしてセールスすることになったんだ。 CD発売してから、世界中ですごい反響があった。沢山の人々は、このRemixワークは、我々の オリジナルLPかと勘違いしてみたいだけどね(笑)でも、そののちにオリジナルLPをリリース した。

我々は何をするのであっても、沢山の時間が必要なんだ。リミックスするにしても、 オリジナル作るにしてもね。今でこそ、リミックスワークとかする時間も昔とくらべて、格段に早く なったけどね。 我々にとって、すごく重要なことは、我々自身のスペースを創り出すことなんだ。 その我々のスペースを使って、我々のやりたいことをするんだ。 だから、我々のレーベルを設立して、自分たちのスペースを作り出した。



 
 
 

 


●どのような経緯で Sonar Kollektivを設立したのでしょうか?

実際に我々がレーベルをスタートさせたのは1997年。 沢山の人々に囲まれて良い音楽を作り始めていて、我々自身そして所属 アーティストたちのためのプラットフォームを創りたかった。 なぜなら我々は、自分達が創ったレコードを世に売り出す経験もしているし、 必然的に自分たちでやってゆくべきだと感じたんだ。 レーベル設立当時のベルリンには、ソウルフルでジャジーなレーベルはひとつとして 存在しなかった。あったのは、テクノかロック系のレーベルだけだった。 我々の作った曲や関連アーティストたちの曲が沢山 あったし、ヴァイナルをリリースしてゆくために、そんなに深く考えずに 設立したんだ。すべてがどうにかして実現できた。
現在我々のレーベルを 通して、世界へリアクションをし続けている。ベルリンには、我々のような レーベルが必要だったと思う。我々の音楽も知られるようになり、 沢山のアーティストたちからアプローチされるようになったし、数々の クラブでのイベントを成功させてきている。 本当に自然な流れで、我々はレーベルを設立して運営を継続している。

2000- 2005/ Matuality stage as a producer
●結成当初と現在に至るまで約10年近く経過しましたが、世界中のキーパーソンとの繋がりを通じて、何かビジョンに変化がありましたか?

そもそも我々が音楽活動し始めた当初から、それなりにクラブ系のキーパソン達と コネクテットしていたと思う。 例えば、まだほとんど<Jazzanova>が世に知られていないころから、日本を代表 するアーティストであるKYOTO JAZZ MASSIVEの沖野修也、沖野好洋たちが、我々を 彼らのイベントに招聘してくれたんだ。
その当時からすごく強いネットワークを 築き始めていたと思う。それにインターネットも利用しながら、世界中の人々と 簡単にコンタクトを取り合って、良い関係を作っていった。我々が作るような タイプの音楽は、世界中の国々で、音楽に対して同じような考えや嗜好を持つ 人々と関係を築いてゆくことがすごく大切なことだと思う。 古いスローガンだけど、<act locally think globally>っていう考え方が 大切だと思う。
我々が活動をしてきたなかでは、特に日本の人々との関係がすごく 長く親密に築いてきている。なぜなら我々の音楽が日本人の人々に受け入れられた し、そのベースには、日本には長いジャズの伝統的な歴史があって、リスナーの 人々が我々のやっていることを良く理解してくれているからだと思う。

自分たちの音楽が、世界中で受け入れられてゆくために、ネットワークを築いて ゆくことは必要なことだと思う。 実際には、そんな頻繁に世界中を旅して、アーティストのリミックスワークとか して、ネットワークを築いているわけではないが、独自に築いたネットワークを通じて、 コラボーレーションできるし、本当にすばらしいことだと思う。

RECENT WORKS
●最近の作品<Jazzanova the remiexes 2002-2005>について

この作品は、我々のソナーコレクティブでのオリジナル作品とは別に、 沢山の人々からのリミックス依頼があっても、なかなか時間が 取れないなか、本当に我々がやりたい形でリミックスワークを仕上げていき、 それをひとまとめにしたものなんだ。我々の1stRemix集の成功からしばらく置いて、この2ndをやることになったのは、ビジネス的判断もあったけど、 自分はこのRemix集を出すことが出来てすごくハッピーだよ。 すべての収録曲が気に入っている。以前にくらべて格段と 成熟した印象がある。いくつかの曲を聴けば感じると思うけど、 サンプル系のものはあまり使わず、生楽器の作品を多様するようにしたから、 すごく重みが出てきたと思う。それは、我々にとって、すごく大きな躍進だと思う。 曲作りの構想から、実際に作曲にいたるまで、我々自身のアイディアが ダイレクトに盛り込むことが出来た。おそらくCDよりもLP版の方が よりいいと思うよ。

今作ではバラエティに富んだアーティストを沢山収録している。 マルコス・ヴァーリとかも、すごくいい仕上がりに喜んで くれた。Calexicoなんかは、僕自身のルーツであるRock系だし、 それにFree Designとかも、我々自身が大好きなアーティストのひとり。 Masters At WorkとRoy AyersのRemixとかも手がけることが出来て非常に光栄だし、 Shaun Escofferyも、すごく美しい歌声をもっていて、いくつかRemixをしたこともある。 あと、Eddie Galeとかは、BlueNoteRemixとかにも収録されている。 本当にすごくいいRemixワークが出来て大好きな作品だよ。

 
 
 

●最近の作品<Secret Love - A View On Folk By Jazzanova & Resoul >について

実は、<Secret Love>を創ったResoulが、ずっと昔に僕にHiphopを教えてくれたんだ。 彼自身も僕が以前働いていたベルリンにあるSoulTradeというレコード ショップで働きながら、この作品をリリースしたんだ。 我々は、いつでも新しいものから、古いフォーキーなレコードを収集している。 なぜなら我々は本当にフォーク系の音楽が大好きだからなんだ。 この作品の名前の起源は、あるバンドがあって、その作品のひとつに<SecretLove>という のがあった。それで僕の頭の中にあったいろいろなイマジネーションにすごく フィットしたから、そのタイトルをつける事にしたんだ。そしていっしょに コンピレーションをやろうってことになった。 なぜならば、我々の作品を聴いてくれている世界中の人々は、 Jazzanovaは、ジャズやニュージャズしかプレイしないという イメージが定着してしまっているけど、このコンピを通して、 我々の<SecretLove>を披露してみたかったんだ。 普段、我々は、エルビス・コステロとか好きで良く聴いているし、 あまりひとつのジャンルにこだわりとかは無く、いろいろ幅広い 音楽を楽しんでいたいんだ。ごくたまにひとつのジャンルに執着している人々が いるけど、僕からしてみれば、すごく貧弱に思える。もっといろいろな音楽に 接した方がいいと思う。

僕のRadioShowとかでも、幅広くいろいろな音楽をプレイするんだ。 ダンスチューンばかりでは、リスナーもつまらないだろうし、どちらかというと、 伝統的なやり方で音楽を紹介していきたいんだ。自分自身もそういうラジオショーを 聴いて育ってきたしね。例えば、ジャイルス・ピーターソン、パトリック・フォージ とかは、すごく影響力の強いラジオパーソナリティだと思う。 僕も彼ら同様の考え方でラジオは、リスナーを楽しませるもので、 つまらないものであっては駄目なんだ。 リスナーをジャーニーに連れ出すような感じにしてあげるのが役目だと思う。 いろいろな音楽を通して、リスナーに新しい発見をさせてあげるんだ。
だから、僕がツアーとかに出るときには、いつでもフォーク系のレコードをいくつか もってくるんだ。Resoulとかも、僕と同じテイストをもっているから、お互いに理解 しあえるんだ。だから、今回この作品をいっしょにやることになった。 最初の作品をリリースする時、フォーク系なんて誰も望んでいないって思ってたんだけど、 実際には、本当に沢山の人々から支持を得ることが出来たから、2枚目を出すことに したんだ。3作目は、いま僕の頭の中にイメージしてるよ(笑) この作品を通して、良い音楽をもっと沢山の人々と分かち合っていければって思う。



 
 
 

最新作<BluenoteTrip 2006/8/24 発売予定>について

ブルーノートから<BlueNoteTrip>っていう、我々の2枚目のコンピレーションがリリースされる予定なんだ。 すごくクレイジーな内容で、いろいろなミクスチャーを試みているんだ。 その中にはDavid Bowie&Pat Methnyをフィーチャーしたものがあったり、Andrew Hillの Hey Heyをいれたりしてるんだ。日本では8月くらいにリリースする予定みたいだね。

 
 
 

How does music make U feel?

音楽が僕をどんな気持ちにさせるかって? それは音楽にもよるよ。実際に人生で一番すばらしいことなんだけど、 時折、音楽に囲まれすぎてしまうと、もともとあった音楽に対する パッションが、次第にプロフェッションに変わってしまうこともある。 たまに、自分の仕事が大嫌いになることもあるんだ(笑)
でも、いつもは 世界で一番最高な仕事をやっていると思っている。 時々、本当にツーマッチになるときもある。例えば、今自分はツアーに 来ているけれど、自分のMACノートには、こうして時/場所かまわずに いろいろな関係者の人々から音楽ファイルが送られてくる。 そこには休む間もなく、MUSIC,MUSIC,MUSICがあって、その後にも、 ラジオショーのためのミックスもやらないとならない、それは留まる 事が無いんだ。でも、僕は音楽を愛してるんだ!!(笑)



●日本のファンの方へメッセージをどうぞ!

いつも日本のファンの人々に対しては、すばらしいギフトを受け取った ような気持ちになんだ。 日本は、すごく熟成された音楽文化があって、我々の音楽も受け入れて もらっていている。

[Interview & Text by jun ide
Supported by Matamura@Village again,Hiromi Asai, Hiroko Uchida@EXTRA FREEDOM



 
 
 

ジャザノバ(JAZZANOVA)  バイオグラフィー
DJ Jugen(ユルゲン),Claas(クラアス),DJ Alexander Barck(アレキサンダー・バーグ)

名前の由来は「JAZZ(ジャズ)」と「BOSSA NOVA(ボッサ・ノヴァ)」。メンバーは、ハンブルグとミュンヘン出身の3人のDJと3人のミュージシャン(2つのグループ)。ベルリンを拠点として当初はDJチームとして活動をスタートしている。DJ Jugen(ユルゲン)+ Alexander(アレックス)+ Claas(クラアス)+ Extended Spirit のStefan(ステファン)+ Axel(アクセル)+ Kosma のRowsko(ロスコ)の6名からなる今や音楽好きにはマスト・チェックのプロデューサー集団。

1995年、クラブ・ジャズ・シーンにJazzanovaは突如出現。1998年にCOMPOSTと連携しJCR(JAZZANOVA COMPOST RECORDS)を傘下に設立。1998年に発表した「Caravelle」はUKMusik誌の、「Fedime's Flight」はStraight no Chaser誌のそれぞれ年間ベスト・ディスクに選出され、JCR設立後わずか1年の内に揺るぎない支持と評価を手中に収めた。

COMPOSTの最重要アーティスト。そして今のダンス・ミュージック・シーンにとっても最重要アーティストである事は言うまでもない。
50'sジャズからラテン、ドラムンベースに至る斬新なサウンドを、時代やジャンルを問わずに優美なミックス・テクニックで繋ぎ合わせ、縦横無尽にクロスオーバー。ディープ・ジャズからアップ・テンポのサンバまで、モダン・ビートを徹底的に追求した幅広く洗練されたサウンドを放つ。
その評判は瞬く間に世界中のクラブ・ミュージック・シーンを駆け抜け、これまでにロイ・デイヴィスJr、UFO、4Hero、イアン・プーリーといったトップ・アーティストたちのリミックスを手掛けている。さらに、エクステンデッド・スピリット、kosmaといった名義でも作品を発表している。[Yellow boardより抜粋]
www.sonarkollektiv.com



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Jazzanova Alexander Barck interview by jun ide/ ジャザノバ(アレキサンダー・バーク)
特別独占 インタビュー: Jazzanova Alexander Barck exclusive interview by jun ide/ ジャザノバ(アレキサンダー・バーク)特別独占 インタビュー: ア−バン グル−ヴ ネットワーク


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